赤いミニスカートをひらひらと夜風に漂わせ、ルパンは盗んだ美術室の上に立っていた。
オレは美術室を地面に降ろすとヘリからクレーンを外した。
ヘリのプロペラの回転が穏やかになる。
オレと侍はヘリから降りて、美術室の上に立つ、若い女を見上げた。
すらりとした白い脚。
細い首筋。
マリーという女の変装を取り、鬘を取り、いつもの黒い短髪が女の顔の上にある。
いつもの男のルパンの顔だ。
なのに何故だ。マリーという女に化けていた時よりも遥かに艶めいて女っぽく見える。
普通なら似合うはずもねえグラマスな身体と自然に溶け込み一体化しちまってる。
その不思議さに多少眩暈を覚えているオレに構わず、ルパンはひょいと美術室から飛び降りた。
「よっこらせっ・・・とぉ」
ば、ばかっ。スカートがめくれて見えちまうだろうが!
隣の侍を慌てて見る。
侍は困った様に目線を上へ向けた。
なんだおい。
今、赤くなって眼を逸らしやがったな。
てめえもルパンを、まるで女みたいだと意識してやがるのか。
あれは男だぞ、判ってるんだろうな。
不愉快だっ。
大体ルパン、今回のオナベスとの結婚ってのはありゃどういうこった。
男のくせしやがって男と結婚しようなんざ、正気の沙汰じゃねえ。
ん・・・結婚ってことは式をあげたんだよな。
ってことは・・・・まさか・・・誓いの口付けをしやがったとか?
いやあ、こいつならやりかねん!
なんたって5年ぶりに豪華客船の上で銭形と再会した時だって相手が嫌がるのも聞かずに頬にキスしまくりやがってた。
それだけじゃねえ。首に抱きついて・・・あれじゃあまるで二人とも恋人同士だ。
オレにはそんな事は・・・別にそうして欲しいって訳じゃねえが;
こいつひょっとするとファザコンじゃねえのか。
オナベスといい、銭形といい、そういやドルーネの親父だってこいつのことベイビーだなんて抜かしてやがった。
女に化けるたび、色仕掛けでせまる場合もあるんだろう。
ラスプーチンを追った時なんざ、すんでのとこで本当にやられちまうとこだったじゃねえか。
くそう。
そもそも、あの電話の内容が良くなかった。
ホテルに滞在中のオレのところに電話してきたお前、開口一番なんて言ったか覚えてるか。
「じげ〜〜ん。オレ、結婚したぁ」
結婚?
は。どうせ不二子にでも美術品を盗んで欲しいなんて頼まれて、その代わり結婚してやるとでも言われたんだろうが。
ご愁傷様。お前もいい加減、あの女の嘘にはだなあ・・・。
「ノンノン。不二子ちゃんじゃないの」
不二子じゃない?じゃ、誰だ。
「うん。それが・・・オナベス」
・・・・今、何て言った。
なにい、オナベス!?
オ、オナベスっておめえ、男だろルパン。
いや、確かにお前が本当は男か女か判ってないのはオレだって知っている。
ルパン帝国の掟で正体を明かすなと決められてるんだ、しょうがねえ。
だが、いくらなんでもまさか。そんなはず。
お、お前ひょっとして本当は、おん・・・。
「そうよ、男よ次元」
・・・・・あはははは、だよな。オレとしたことが何を馬鹿な事を・・・・・そんなんじゃねえ!
ふざけるな!
そりゃお前にとって女なら不二子が本命だろうが、男なら・・・・・オレが一番かと思ってた。
へ、変な意味じゃねえぞ。
こういっちゃ何だが、はばかりながらもこの次元様、ルパン帝国時代からのお前の幼馴染で、相棒としてこれまでずーーっと一緒に暮らしてたんだろうが。
それを、あんな出会ったばっかの好色爺と結婚するってのはどういうことだ。
「言い訳するな。絶交だ!!」
電話を叩き切る。
こいつはオレにとっちゃ裏切りだ。
これから女に性転換してオナベス野郎といちゃついてるお前を見なきゃならんとは、そんなの出来るわけねえだろが!
絶交でもしなきゃやってらんねえ。
待て、結婚ってことは当然セックスもするってことだよな。
気色悪い。胸がムカムカする。
あんな好色爺に・・・・男に抱かれてるお前なんて考えたくもない。
オレだって・・・男同士だから今までお前を抱きたくなっても我慢してたってえのに。
・・・・勿論、抱くっつってもお前がもし女だったらの話だが。
残念だがそうじゃねえからな。
「へーーくしょん!やーーっぱこんなカッコじゃさびいなあ」
気が付くとルパンが露わな両肩を抱いて小刻みに震えていた。
それを眼にした侍はヘリに置いてあった膝掛を手に取ると、ルパンへと歩み寄っていく。
「寒いのか。これを・・・」
五右エ門の手がルパンの身体に触れる。
「あーーーーっ!!」
オレは自分で自分のあげた声に驚いた。
五右エ門と、膝掛を手にしかけたルパンはオレの奇声にふたりしてこっちを振り向く。
「どうしたのだ、次元」
うっそうと侍が尋ね、ルパンはきょとんとしている。
だが、ここで引き下がってたまるか。
もうこいつを他のどの男にも触らせたくはねえ。
オレは自分の背広を脱いだ。
ルパンの正面に立つと、その布で両肩を包んだ。
すっぽりとオレの紺の背広に包み込まれたルパン。
サイズが大きいのだろう。ブカブカの肩幅に奴も面白がっている。
袖口からほんの少し指を覘かせ、ぶらぶらと振ってみせた。
「あらま、意外と大っきいのね次元」
ルパンはくんくんオレの背広の匂いを嗅いだ。
「何やってんだ」
「煙草ぉ」
「はん?」
「次元の背広って煙草の匂いがする。あと・・・硝煙と、バーボンの匂い・・・うふふ、男臭いのっ」
ルパンはだぶついた背広の両手を口元に揃えてくすくす笑った。
その愛くるしさにオレもつられて苦笑いする。
先ほどまでの胸苦しい憎しみにも似た気持ちが、こいつの全てを許せる愛おしさへと変わる。
しかし心の底に横たわってる、塊は変わらない。
それが何なのか・・・・・。
「そうさ・・・。さ、風邪なんか引かねえうち、部屋へ入ろうぜ」
オレはルパンの肩を抱くとアジトの入り口へと連れ添って歩いた。
「先に行くぞ」
侍は言い残すとあとは後姿だけを見せてアジトへ消える。
「あらら。次元ちゃんが邪魔したもんだから五右エ門すねちゃったかな。しっかしハイヒールって歩きにくいのよね」
ルパンが足元を見た。
かかとから少し血が滲んでた。
履きなれないもんずっと履いてて辛かったんだろうな。
「痛むのか」
「少しね」
「中に入ったら手当てしてやろう」
「ほんと?して、してぇ。早く」
「判ったよ。だが、痛くするかもしれねえぞ」
「え・・・それはちょっと。痛いのヤッ。やさしくして、ね。次元ちゃん」
ルパンは少し不安そうな上目遣いでオレを見ると、袖口からちらりと見える白い指でオレのシャツの裾を弄り始めた。
そういう仕草を平気でするから、てめえは男なんかに結婚を申し込まれたりするんだ!
「出来るだけな。途中でやめてくれなんて言って泣き叫んでもやめねえぞ。やると言ったら最後までやるからな」
オレは妙にこの会話を愉しんでいた。
ルパンはオレがどういうシーンを頭に思い浮かべながら喋っていたかなんて気付かずにいる。
むくむくと悪戯心が湧いて出た。
他の男にうつつを抜かして反省して帰ってきた女房をこらしめてやりたくなる思い。
「けっこう、胸、でけえな」
オレはふざけたふりして、ちょいとルパンの胸を触ってやった。
ビックリしたルパンの顔。
とっさに両手で胸を隠すと、怯えた様にオレを見た。
「冗談だよ」
にやりと帽子の下から覘いたオレの眼が、うっすらした光を帯びていたのが自分でも判る。
今夜は、月夜。
ルパンは表情を固くして、急いで部屋の中に佇む侍の影に駆け寄ろうとする。
「おおっと」
オレはルパンの腕を掴むと引き戻す。
「そう、急ぎなさんな。踵が痛むんだろう」
な、赤頭巾ちゃん。
オレにだって狂いたくなる夜がある。
心の底にある塊が頭をもたげ、ようやくその正体を知る。
復讐という名の嫉妬心。
オレにはその気はないが、目の前にいるお前の姿は紛れもなく男じゃない、女だ。
今までお前が男だからと、押し殺していた想いが解き放される。
お前を男と知らずに愛しちまったオナベスと同じ。そういう気分になってみるのも悪くない。
少しだけ、楽しませてもらうぜ。
あの男に追い詰められた時のお前を見てみたい。
続.
★新ルパン42話「花嫁になったルパン」その後の妄想。表にあったのをやや手直しして移しました。妄想の吐き出しのみを目的にしたので脈絡も文体もここでは二の次。表の次ルは純愛だけど裏の次元はちょっと酷い奴です(苦笑)
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