夕闇に雨が降っていた。
黒い雨雲を溶かすようにボタボタと滴る重たい雨だ。
護送車が一台、細い山道を走っていた。
雨だれは、キリキリと軋みながら交差するワイパーに弾かれ、割れて砕け落ちる。
その破片は車体にこびりついた泥を舐め、澱んだインクとなって鋼鉄を伝った。
陰鬱な雲は絶え間なく空を這い、夜の冷たさを纏い始めていた。
「・・・・一本吸うかね」
自分の前に差し出された煙草に、ルパンは唇を薄く開いた。
銭形の指に挟みこまれた煙草がゆっくりと指ごと口の中に差し込まれてゆく。
ルパンは目を閉じ、それを咥えた。
舌でゆっくりそれをなぞり、湿らせる。
銭形は満足そうにルパンを眺めていた。
「それにしても、さっきのお前の姿は見物だったな・・・・・くくく・・・・・」
銭形が嗤う。
ルパンは「それ」をむさぼりながら閉じていた目を開き、眉間に小さな皺を寄せた。
次元と不二子とチームを組んだルパンは独り黒装束に身を包みK刑務所に忍び込んだ。
警官達の首に細いワイヤーを垂らし、軽く締め上げる。
殺しはしない。少し眠っていて欲しいだけだ。
固い地面に降り立つとナイフを取り出し、突き立てる。
ギリリ・・・・ギリリ・・・・。
ナイフは地を爪弾くごとに、月光を浴び銀色に輝いた。
やがて地中から現れた鍵穴。
手持ちの古い鍵を差し込むと地面が揺れ、埋もれていた宝の箱をせり上げた。
ヘリの音。
次元が太いチェーンを降ろし始めた。
サーチライトの信号は不二子の役目。
ルパンが手をあげた地上までチェーンを導く。
だが、そのライトよりも遥かに眩しく大きなライトがルパンの全身を覆った。
「銭形・・・・・」
ルパンの口から漏れたのはその一言。
自分が唯一と認める好敵手。
着実に、締め上げるように自分を追い詰め、幾度と無く煮え湯を飲まされてきた男。
あれは油断だったのか、それとも・・・・・。
銭形の人差し指が引かれ、ルパンは激痛に唸った。
鬼警部の手に握られたガバメントが自分の胸を目掛けて火を吹いていた。
死を、覚悟した。
天の星達が、最期の光景となるはずだったのだ。あの言葉さえ聞かなければ。
「麻酔銃だ」
銭形は帽子の庇の下で目を細めた。
――――――ふざけやがって。何故すぐに殺さなかったんだ!――――――
倒れたルパンの側まで大股で銭形が近づく。
誇りを傷つけられた事への怒り。屈辱。
しかし、同時に奇妙な恍惚感。
銭形の奥深い処で揺らぐ眼の光をルパンは理解していた。
この男の本当の目的。
自分に望んでいる事。
それは処刑ではない。
ルパンもまた、自分に問いかけていたのだった。
――――――どうして俺は・・・・・すぐに逃げなかったんだ・・・・・――――――
一瞬の迷いだった。逃げようと思えば出来た。
例え麻酔銃が身をかすめ、手負いとなったとしても。
しかし心は、どこかでこの男に射抜かれる事を望んでいた。
奴は舌なめずりをしながら獲物を追う、獰猛な獣だった。
みだらな眼だった。それほどまでに自分を欲していた。
ずっと待っていたような気がする。
あまりに強すぎ、ひれ伏す者のいなかった自分だからこそ、そうしてくれる者の出現を。
孤独に震えるこの身を汚してくれる男を。
口元で苦い泥の味がした。
ああ・・・・・こうやって人は服従するのか。
冷たい地面にくっつけた頬の傍らにいかつい革靴が立ち止まった。
そのまま、かがみこむと銭形の手がルパンを抱き上げた。
次元がヘリで上空を旋回してる。
はは・・・あいつ、どんな気分で観てるんだろうな。
いつもボス風吹かして偉そうに命令ばかりしている男が、女みたいに脚を揃えて男の腕に収まってるのを。
信じられないと眼を白黒させているのかもしれない。
そうだ。俺はそういう男だと、お前は疑ってなかった。
いや、誰もが。
俺の本当の欲望には気付かず。
「そうして欲しい」と願っても、次元の奴はしちゃくれなかったんだ。
なあ銭さん。あんたでいい、待っていたんだ。
俺の隠してきた欲望に気付いてくれる男を。
俺を「そういう目にあわせてくれる男」を。
これから向かう遊技場は他人の潜入を拒む密室さ。遠慮なんかいらねえ。
あんたの欲望にも俺は気付いちまったんだから。
続.
★原作「脱獄」旧ルパン「脱獄のチャンスは一度」より妄想。あの名作を畏れ多いことしちゃったもんだ。だってあの銭、絶対ルパンに対してサドっけあったもんなあ。この銭さんは、表とは別人設定。性格違いすぎ。表の銭は健全だけど、此処ではひょっとすると一番エロいかもしれない。次元はサドになってても変わらずヘタレで(笑) 昔「そういう雑誌」とは気付かずに「さぶ」を買ったことがあるのですが、そこに外国人看守男から強姦される日本人男の一人称小説が載ってて、その印象が強烈でこういう物を書いてみたくなったという。「さぶ」をはじめて見た時は驚いたわーー。でも普通に読み物として面白かったです。
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